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post to my website in 2022.4.4 平津 豊 Hiratsu Yutaka
イラスト 瑠璃さん
[イワクラ認定] □磐座 神社の御神体(神社の御祭神とは異なる) 岩石群を形成
[場所]兵庫県西宮市甑岩町5-4 越木岩神社境内
34°45'32.34"N 135°19'18.97"E (googleに入力すれば場所が表示されます)
高さ10メートル、周囲30メートルもの花崗岩の大岩で、米を蒸す「甑」に似ているので「甑岩」と呼ばれています。
攝津名所図会(1836年)にも描かれ、室町時代の山崎宗鑑は「照日かな 蒸すほど暑き 甑岩」と詠みなど、古くから知られた大岩でした。
現在の御祭神は市杵島姫大神で女性守護・安産・子授の神様として祀られていますが、池田仁三氏は、甑岩の台座を写真に撮り、画像解析を行うことで、「稚日女命宮、庚子年九月廿日薨、御年四十七歳」と彫られていると発表しています。
甑岩に稚日女命が祀られている可能性があります。
大阪城の石垣を築く工事が始まった頃、この甑岩を石垣用の石材にしようと石工がノミを入れたとき、岩の裂け目から白い煙が噴出し、石工達は悶えて息絶えた。という話が伝わっています。
甑岩の東側には、大阪城築城のために調達する大名の刻印が残っています。また、北側の上部の三角形の岩に矢穴があることから、そのときに切り出そうとした跡と考えられます。
イワクラ学的には、甑岩の形は女陰を模したものと言えます。北側には、真北を指す方位石が置かれ、典型的な祭祀場の形態になっています。この甑岩は北を拝する磐座であり、北側の北山公園内の太陽石に向ってイワクラが連なって、巨大な祭祀ラインを形成しています。
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▶越木岩神社の甑岩
【越木岩神社の甑岩】
[イワクラ認定] □磐座 神社の御神体 岩石群を形成
[場所]兵庫県淡路市柳澤乙 岩上神社境内
34°26'25.01"N 134°50'30.67"E (googleに入力すれば場所が表示されます)
神社の創立は、社伝によると1541年に柳沢城主の柳沢隼人佐直孝が、大和国石上神宮の分霊を迎え祭祀したのに始まるといわれ、県指定文化財に指定されている岩上神社の本殿は、1541年に奈良県三郷町龍田神社の旧社殿を移したものと伝えられています。
御祭神は、石上神宮の分霊なので「布都御魂大神、布留御魂大神、布都斯魂大神」となります。
境内には、1985年に、奈良県吉野郡東吉野村の丹生川上神社を分霊した、罔象女神(みずはのめのかみ)を御祭神とする水神社が祀られています。さらに、境内には、神仏習合の名残として法輪山岩神寺も残っています。
「ひもろぎのお岩さま」とも呼ばれる神籬岩(ひもろぎいわ)は、岩上神社の本殿の西の丘の上に建てられた高さ12メートル、周囲16メートルの巨石です。
周りにも数個の巨石が配されています。
岩上神社の本殿から見上げると、神々しい姿をしており、古代人が神の降臨を感じたとしても不思議ではありません。
「神籬」という言葉は、本来は樹木に対して用いられる言葉であり、誤用と考えられます。
※磐座の定義を参照
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