石の宝殿

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Share (facebook)  Report 1988.1.3 平津豊 Hiratsu Yutaka

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私は、高砂市の出身で、今回紹介する石の宝殿は、小さいころの遊び場の一つだった。石の宝殿は、JRの宝殿駅から少し西にある。
【生石神社】

山の中腹に生石(おおしこ)神社がある。
【鎮の石室】

生石神社の奥に鎮の石室(通称 浮き石)と呼ばれる巨大な石がある。7メートル四方はあり、その大きさは、裏山からの写真でお分かりになるだろうか。
【鎮の石室の下部】

この巨石が浮き石とよばれているのは、石の下に浅い池があり、浮いているようにみえるからであるが、もちろんそんなことはなく支える台は存在する。台というよりも切り離されずに残っているといったほうが正しい。この石は、明らかに山から巨大な石の造形物を切り出そうとした作業が中断されている。
【鎮の石室の突起部】

横にピラミッド状の突起物が切り出されている。今は横に位置しているが完成時には、この面が頂上になるのではないだろうか。

この生石神社の略記によると、神代の昔、大穴牟遅と少毘古那の二神が天津神の命を受け国土経営のため出雲よりこの地に座した時、国土を鎮めるのに相應しい石の宝殿を造営せんとして一夜の内に工事を進められるも、工事半ばの時、阿賀の神一行の反乱を受け、二神は山を下り数多神々を集め神詰(今の神爪)に賊神を鎮圧した。しかし、夜明けとなりこの宮殿を正面に起こす事ができなかった。とある。大穴牟遅(おおなむち)とは、大国主の事であり、この奇石に国津神つまり原日本神が関わっている事は興味深い。
また、略記によると、この造営で排出した屑石は、人や動物に踏ませじと高御位山の山頂に置かれているという。高御位山は石の宝殿から少し北に位置し、九鬼一族や大本教と因縁のある霊山である。石の宝殿と高御位山との関係が示唆されているわけであるが、この石の宝殿の山は、今でも採石場であり、もし高御位山をピラミッド化するならば、この山から化粧石を切り出して運ぶ事を計画すると考えられる。浮き石の横にある四角錐が、高御位山の頂上に飾られ、ピラミッドを形成する予定だったのではないだろうか。しかし、この大事業は何らかの事変で中断された。その結果、切り出し工事途中でほおりだされた鎮の石室といわれる異形の奇石が残ったのではないだろうか。

(Photograph 1988.1.3)