宮島厳島神社-弥山2

 Report 2010.11.14 平津 豊 Hiratsu YUtaka
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今回は、安芸の宮島のレポートである。昨日、葦嶽山ピラミッドを訪れた後、広島で1泊した。昨夜は、お好み焼き屋「みっちゃん」で本場のお好み焼きを食べて、京橋川のほとりのおしゃれなオープンカフェで牡蠣料理とワインをいただいた。大通りでは、イルミネーションが行われており、広島を満喫した。

宮島に渡るには、宮島口からフェリーに乗る。宮島までは10分ほどで到着する。フェリーから海上の赤い大鳥居が見えてくると直ぐだ。宮島と言えば、厳島(いつくしま)神社が有名なのだが、私たちの第1の目的は、宮島にそびえる弥山(みせん)である。その弥山にはロープウェイで登るのだが、今日は観光客が多く、うかうかしていると、そのロープウェイが数時間待ちということもあり得る。
厳島神社は山から下りてきてからゆっくりと参拝することにして、先に弥山に登ることにする。
ロープウェイ駅までは、紅葉谷公園となっており、真っ赤に色づいた紅葉を見ながら登っていく、紅葉狩りをする人たちでいっぱいだ。この様子ではロープウェイは長時間待たなければならないかと心配したが、幸いにも、ロープウェイには、30分ほどの待ち時間で乗る事ができた。ロープウェイは、紅葉谷駅から10分で榧谷駅まで登り、そこで乗り換えて獅子岩駅まで4分で着いた。
【弥山の方を向いているように見える岩】
ロープウェイの終点は、獅子岩という地名なのだが、どれが獅子岩なのか看板や説明が無い。弥山の方を向いている顔のように見える岩があったので写真に収めた。このロープウェイの終点駅は、弥山とは別の山で、ここから尾根をいったん下って弥山に登ることになる。
【ペトログラフらしい文字が彫られた岩】
この獅子岩駅の付近に、珍しい看板を見つけた。日本ペトログラフ協会の資料からと書かれたペトログラフを紹介する看板である。ペトログラフとは、岩に刻まれた文字や文様のことをいうのだが、紀元前3500年前のシュメール・バビロニアの楔形文字が世界各地で発見されているのは有名である。これが日本にも存在するというのが、日本ペトログラフ協会の主張である。実際に、神社や神域と言われるところから発見されることが多い。しかし、考古学の学会では取り上げられることは無い。これは、大陸から漢字が入ってくるまで、日本には文字が存在しなかったというのが定説だからだ。日本には神代文字と呼ばれる独自の文字があったという説は、江戸時代に盛んになり、数十種類の神代文字が世の中に出てきたが、近代になっては、全て捏造とされ、漢字が入ってくる以前には、日本に文字はなかったとされている。したがって、漢字渡来以前に、神代文字で書かれた古文書は、全て偽書とされてしまっている。では、岩に刻まれた文字は、どう説明するのか、誰かがいたずらに彫ったということで済ませてしまっていいのだろうか。
【獅子岩駅から弥山への道】

広島には、日本のピラミッドと言われる山が3つある。酒井勝軍(さかいかつとき)によって最初に日本ピラミッドとされた葦嶽山(詳細は葦嶽山ピラミッド)、のうが高原、そしてこの弥山で、3つの山が二等辺三角形を成していると言われる。この3つの中で最も観光化され、訪れやすいのがこの弥山である。
弥山には23年前に訪れたことがある。(詳細は弥山巨石群
弥山は、弘法大師が唐から帰国した際に宮島に立ち寄って(806年)、修法したのが始まりとされている。弥山という名も、中国の須弥山に似ていることから弘法大師が名づけたとされている。
【霊火堂とその後ろの巨石】
しばらく登ると、霊火堂に出る。その中には、弘法大師が修行で焚いた火が今も燃え続けていると伝えられる「きえずの火」が燃えており、弥山の七不思議のひとつとなっている。この火は、広島平和記念公園の「ともしびの火」のもと火になっていて、その火で焚かれている茶釜の霊水は、万病に効くと言われている。
【霊火堂の中のきえずの火】
本堂の横に、弘法大師が立てかけた錫杖が根をはって梅の木になったと言われる「錫杖の梅」があり、弥山の七不思議のひとつであるが、既に木株だけになっている。
他の七不思議は、巨大な岩盤に弘法大師の文字を刻んだ「曼陀羅岩」、岩穴の中の水位が、潮の満ち引きにあわせて上下すると言う「干満岩」、晴天の日でも露が落ち、地面が濡れる言う「しぐれ桜」、深夜、山の中で拍子木の音が聞こえてくる現象「拍子木の音」、旧正月初旬の夜に、宮島周辺の海面に現れるナゾの灯りである龍燈が良く見えると言われる頂上の「龍燈の杉」である。しかし、「曼陀羅岩」は台風で道が塞がれ立入り禁止、「しぐれ桜」も「龍燈の杉」も枯れてしまっている。貴重なものなので、保護していただきたかった。
【錫杖の梅】
この七不思議のほとんどは、弘法大師ゆかりの地によく見られる逸話であるが、この中で、興味があるのは、「拍子木の音」と「龍燈の杉」の「龍燈」である。
午前2時を過ぎると弥山の中からカチーンカチーンという音が聞こえてくる。天狗の仕業と言われて、音が鳴っている間は家に篭っていないと祟りがあると恐れられている。龍燈は、旧正月初旬の夜から6日間、厳島周辺の海面にともしびが見えるという。
さらに、宮島の七不思議というのもあって、その中には、山に入ると金縛りになるという「あやかし」、年の暮れに弥山の頂上を中心にして、松から松に飛び移る松明のような不思議な赤い火が見られるという「天狗の松明」というものもある。この弥山には、人の理解を超えた不思議な音や光の現象があり、それを恐れて、弥山に近づかないようにしていた形跡が感じられる。
【弥山頂上へ向かう道沿いの巨石】
【くぐり岩、超巨大なドルメン。ここをくぐれば頂上は直ぐ】
【不動岩の内部】
【神が鎮座するといわれる磐座】
不思議な音と光というのは、ピラミッドと言われる山には、つきもので、有名な皆神山ピラミッドでは発光現象や発光物が見られている。これらをUFOや宇宙人と結びつけて、ピラミッドをUFOの基地であるという説も魅力的だが、私は、ピラミッドは古代のエネルギー施設であり、そのシステムが時々、今も稼動しているのではないかと考えている。大地震のときに空が青白く光る地震光という現象がある。なぜ、光るのかは証明されていないが、地震によって岩石に巨大な力が加わり、電気や電磁気を発したり、さらに岩石が割れたときには、光を発するのかもしれない。岩石に力を加えたら電気を生じるという現象は唐突のようだが、現実に、圧力を加えると電気を生じる現象を利用して、圧電素子というセラミックが製造されている。この現象は石英でも起こるので、石英を多く含んだ花崗岩に力を加えて電気が発生しても不思議ではない。つまり、ピラミッドでは、岩石を複雑に組み合わせて、圧力を制御し、電気を発生させていたのではないかというのが私の考えである。そのピラミッドが日本各地にネットワークを形成していたと想像すると、面白い。
【弥山頂上】
弥山の頂上には、放射状に並べられた石で平らになっており、その周りに巨石が積みあがって神殿のようになっている。これが自然に風化で出来たとはとても考えられない。石組みには何らかの意図があったと感じられる。
【注連縄状の模様に沿って割ろうとした跡か?】
【頂上にもペトログラフらしい文字が彫られている岩を見つけた】
【干満岩、頂上からの下り道にある。弥山七不思議の一つ】
【潮の満ち引きにあわせてこの穴の中の水位が変化するという。海抜500mの地点にあるのに不思議な現象である。この水は塩水といわれている。】
【船岩】
23年ぶりに弥山を訪れてみて、神秘さが薄れているように感じた。この船岩も、今は土が積もり木が生えたりしているが、当時は、もっと大事にされていた。今日は、観光客が多かったということもあるのだろうが、23年前は、もっと霊的でゾクゾクする感じがあったので残念である。
【大鳥居】
厳島神社は、593年に佐伯鞍職が宗像三神を勧請したのがはじまりとされ、1146年に安芸守となった平清盛によって大鳥居や回廊が造営された。このとき後白河法皇などの御幸などがあって熊野に次ぐ大社になっていった。その後も、源頼朝、大内義隆、毛利元就などから厚い保護を受け、鎌倉時代に3度の火災を経たが、今も当時の姿を残しているという。
高さ16m重さ60tの大鳥居は、海中に埋められているのではなく、海中の砂地の上に自立しているという。非常に優れた建築技術である。
社殿の方にも、波を避けるための壁とか、高波時に床が浮き上がらないように考えられた床板の隙間など、高度な建築技術が用いられている。
しかし、この神社の魅力は、何といってもその美しさにある。寝殿造りの本殿、回廊、能舞台などが朱に塗られ、後ろの山の緑に映えて、水の上に浮かぶ、まるで竜宮城のような優美な姿をしている。
【寝殿造りの拝殿】
【本殿と楽房をつなぐ廊下】
【反橋】
【能舞台】
祭神は、宗像三神である市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)である。宗像三神とは、素戔鳴尊(すさのおのみこと)と天照大神(あまてらすおおかみ)が誓約(うけい)をして、天照大神が素戔鳴尊の十拳剣(とつかのつるぎ)を三つに折って、天真名井(あまのまない)ですすぎ、噛み砕いて吹き出した息から生まれた奥津島比売命(おきつしまひめのみこと)、市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)、多岐津比売命(たぎつひめのみこと)をいう。三人とも美人のほまれが高く、奥津島比売命(田心比売とも多紀理比売とも呼ばれる)は、大国主命と結婚している有名な女神である。また、厳島神社の名は、市杵島姫命から転じたものといわれている。
神名帳にも名神大社伊都伎島神社と記されている。
【多喜山水精寺大聖院 弘法大師が唐からの帰る途中に、弥山で求聞持の百日修法を修めたのが開創と伝えられている真言宗御室派の大本山。十一面観音菩薩像が祀られ、砂曼陀羅や「戒壇めぐり」があります。】
この女神たちは、海運の神であり、この地に勧請されたのは、妥当だと思うが、もともとこの宮島に謂れのある神ではないと考えられる。
この厳島神社の独特の情景についても、その昔、この宮島は、聖なる土地で、人が住むことを許されていなかったため、この厳島神社を海の中に建てたといわれている。
一方、宮島にある寺院の中で最も歴史が古い大本山大聖院は、歴代皇室との因縁が深い名刹であり、弥山の寺院の本院であるが、空海の開基は806年といわれている。

つまり、この宮島は、もともと神聖な土地であり、後から神社や寺院が建てられたということである。
宮島は、人が足を踏み入れるのを禁止された島であり、その中心は弥山のピラミッドであったということになる。

前述したように、弥山にまつわる不思議な音と光の話からすると、昔は、このピラミッドが稼動していて、なんらかのエネルギーを発していて、人がこの島に近づけず、その恐れが、神聖な島に転化したのではないかという妄想がわいてくる。
いづれにしても、この不思議な島が、世界遺産に認められ、世界中の観光客を集めているのは、事実であり、非常に魅力的な島である。
(Photograph 2010.11.14)